6月、サッカー日本代表が挑んでいるコンフィデレーションズカップ。
開催国でもあるブラジルとの一戦は3−0で完敗となってしまいましたが、
ネット上や一部の記事ではやはりネイマールの
活躍と最初のゴール以降その動きを封じた内田選手の動きが取り上げられています。
今回はこのネイマール選手について簡単にご紹介します。
本名
ネイマール・ダ・シウヴァ・サントス・ジュニオル
1992年2月5日生まれ
174センチ 65キロ
2003年11歳の時にサントスジュニアに入団
当時から関係者はネイマールの見抜き、特別視していたといいます。
ネイマールの少年時代の家柄は貧しく、祖父の家の一部屋に一家で生活をしていました。
子供ながらにしてサッカーによる収入を稼ぎだすようになり、
14歳のときに受けたレアルマドリッドの入団テストに合格した事で、
ネイマールを失う事を危惧したサントスは、異例の100万レアル、日本円にして約4000万円の
契約金を提示し、そのままサントスに在籍することとなった。
ネイマール17歳のときにトップチーム、いわゆる1軍デビューを果たし、
その一週間後にはプロ初ゴールを決めています。
そしてそのまま同年の新人賞を獲得しています。
一躍スターダムにのし上がったネイマール。度々欧州への移籍の話が持ち上がるたびに
サントスはあらゆる手段を使って、ネイマールを説得し残留させてきたといいます。
2011年ブラジル選手権などのサントス優勝の年にはネイマールはブラジル最高選手
との称号を与えられました。
2012年には一試合の平均ゴール率がロナウドと並ぶなどの数字を叩き出しています。
「メッシを助けに来た」
とのコメントで有名なネイマールのバルサ移籍。
2013年6月にはスペインのバルセロナとネイマールの間にバルサ過去最高の5700万ユーロ
日本円で74億円という5年契約が結ばれ、サッカー史上9番目の移籍契約金といわれています。
国内リーグ通算102試合出場、54得点。10年8月、米国戦でフル代表デビュー。11、12年南米年間最優秀選手賞受賞。12年ロンドン五輪では6試合3得点で銀メダルに貢献。Aマッチ通算32試合、20得点。
